あけましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりましてありがとうございました。
さて、
レナード•バーンスタイン(1918〜1990)という偉大な音楽家がいました。
アメリカの音楽家ですが、、、彼の名前よりも、彼の作品名を耳にすれば一目瞭然のことと思います。
『ウエスト•サイド物語』
『キャンディード』
『ワンダフル•タウン』
…etc.
の作曲家とお伝えすれば、世界的なミュージカルの作曲家であることは想像できることと思います。
実は、
バーンスタインは、れっきとしたクラシック音楽の指揮者やピアニスト、作曲家として世界最高峰の腕前であり、指揮者で言えば、ヘルベルト•フォン•カラヤンや、ゲオルグ•ショルティと並ぶ、20世紀後半の大指揮者でもありました。
指揮も、ピアノも、作曲も、世界一流で、順風満帆なキラキラ人生を送ったバーンスタインですが、悩みもありました。
まず、
ユダヤ人であったこと。
彼の類稀なる才能は、そのような人種差別の壁を飛び越えるほどのものではありましたが、、、それでも、その当時の世間の目を、肌で感じてしまったことは事実であります。
そして、
“ミュージカル作曲家” というレッテルが、彼の“クラシック音楽家”という評価を勝手に下げていたということ。
実際は、
大堂の交響曲やオペラを、世界最高峰の劇場やオーケストラ、アーティストと共演しているバーンスタインでしたが、、、
その扉を叩く際には、彼ほどの偉大な音楽家にも関わらず、楽団や観客に受け入れられるか、その都度ドキドキしていたのです。
うた子は、、、
大学院の修士論文に、このことを取り上げて
『ジャンルの壁』
ということをテーマに論文を書きました。
時は変わり、
21世紀、令和の時代になっても、現代の日本では、
“ジャンルの偏見”
“「芸術」と「芸能」の隔たり”
“「芸術」に対する理解の薄さ”
に未だ大きな問題を感じます。
また、
新たな問題として、その隔たりや偏見が、高尚過ぎて難解なクラシック音楽を理解されない方向へと繋がり、伝統芸能のような、保守しなければ守れないような状況へ進んでいることも感じられます。
しかし、
本来、“ジャンル”という言葉が定着したのは、実は20世紀のことであり、それまでは、音楽は全て一つだったのです。
様々な媒体が増え、お気軽に世界中の音楽を耳にすることができるようになった今、、、
改めて、クラシックも、ミュージカルも、ポップスも、演歌も…etc. そこに高尚レベルの差異を“ジャンルの壁”として設けるのではなく、全ての人々が色々なジャンルの音楽を嗜める“耳”を持つべきだと思うのです。
「芸術」「文化」というものの価値観に、そもそも日本人が疎く、娯楽的な要素でしか解釈されていないことも、そもそも、嗜む“耳”や“可能性”を分からずいることも、とても勿体ないことだと思っています。
この大きな問題の根源として、
『芸術•文化の “教育” の価値観を変えて行かなければならない!』
そう強く思い、うた子は、たくさんの勉強や下積みを積んできました。
今年は、、、
このことを少し現実にすべく、働き掛けをして行く年にして行けたらと思っています。
新年早々、大変硬いお話で失礼いたしました。
基本的には、元気一杯なアビリタっ子と、笑い、歌い、学び、可愛く行きたいと思います!
本年も、アビリタっ子とうた子先生をどうぞどうぞ宜しくお願い申し上げます。